よし、じゃあ伊沢ちゃん、早速20世紀の前半から、一段階から読んでいきましょうか。 20世紀の前半、あるアフリカの村で、 白人のエスピンたちが村人たちに、 エスピンの大切さを教える映画を見せた。 その後、監視員は村人に、 あなたたちは映画で何を見ましたかと尋ねた。
監視員は手を洗っているのを見ましたが、 服をきれいにしているのを見ました。 したといった反応を期待していたはずだ。 ところが、ムナベトたちから返ってきたのは、 見まとめを見ましたというくさいだ。 それだけじゃなく、みんな同じことを言った。
一回ストップしましょうか。 20世紀の前半ですから、1901年から1950年ぐらいの間ですので、 まだですねテレビが全然普及してなかった時代ですね テレビすら普及してなかった時代パソコンなんかもちろんない時代 なので人々に映像を見せるっていうのは映画しかなかったわけよ だからなんかこういうことやってくださいねっていうことで 今さ映画っていうとさ全部エンターテイメント 楽しむための映画が全部すべてだね なんだけど 実は昔はニュース映画とか テレビがないからね ニュース映画とか こういう教育映画ってのがあって 結構頻繁に上映されてたんだよね だから昔の日本人は 日本人限らずだけど じゃあニュースでも見に行くかって言って 映画館にニュースを見に行ってたんですよ うん そうそうそうそう 映画ってテレビよりも前なんで 当時の人たちはラジオしかないわけニュースを聞くのは 例えば戦争のニュースとかあるじゃない どこどこの戦いがあってうちの軍隊が勝ちましたみたいなニュースとか テレビでさ、なんかさ、聞いてもさ、あんまり信憑性がないじゃない。 だからそういう時はこう、映画館に行くわけよ。 そうすると、飛行機のさ、船とかの映像とかさ、兵隊さんの映像とかが、すなわち僕たちが いつもテレビで見てるような映像が流れて おー!
みたいな おかくの買ったのか! いらっしゃい! みたいな感じで さあ帰って飯でも食おうみたいな そういう感じだった で、いろんなニュースが流れるんですか? 今みたいな そうそうそう、いろんなニュースが流れる ただ手間がかかるからそんなにたくさんの ニュースは流せないし、結構あれかな あのー 国がやってるケースが多かったから やっぱりそうですよ 国にとって都合のいいニュースばっかりだからあんまりいいもんじゃなかったんだよ 今のテレビみたいな洗練されたかっこいい映像とかじゃないんだよね なんだけど当時の人たちは映像メディアが全然ないからそれでも見に行ったんだよね その走りで教育映画ってのもあってみんなで見て教育を受けるんですよ 教育映画 なんかさ学校でさ なんかさビデオ見せさせる時あるじゃん あれの映画版だな 言ってしまえば なんか衛星の大切さを教える映画なんて なんでそれやと思うかもしれないけど 例えばね アメリカだと全然違うと思うんだけど 日本でね 車の免許を取ろうとすると 必ず試験があって 試験で 車の免許を取った後のですね たびたびですね 国から呼ばれて、ちゃんとした講習、レッスンを受けなくちゃいけないんですよ。
その時に必ず見させられるのが、再現ドラマみたいなのが。 こういう無謀な運転をするとこういうことになりますよ、みたいなビデオ見させられるんだよ。 ビデオの中に、すごく浅はかなやつが出てきて、 今日お酒飲んじゃったけど、いいや運転しようとか言う。 みたいなのが出てきて 実際運転したら 引いちゃってみたいな でそこからの人生が 台無しになっていくみたいな 結構再現ドラマで 見させられるわけ うわーみたいな で最後にこれは実はです みたいな で出てうげーってなるんですけど みんな運転気をつけようってなるんですね そういうのが教育映画っていうわけですよ で結構ねバカにしたもんじゃなくて 結構こういうのを見るか見ないかによって 結構気をつける度合いが変わったりする うん で今回筆者が こう取り上げて アフリカの場で行われた衛生監視員たちが 衛生の大切さを語る映画を見せたっていうね 衛生とは何か 衛生とは何か 衛生ってのは清潔さによって保たれる健康のことです 清潔さと健康 病気がなく平和に暮らしていく それための清潔さっていうのがそれが衛生なんでね その大切さです そういったものを伝えようと思って、わざわざ映画を作ったわけだ。
まあ、映画の中身はなかなか想像つくね。 なんか、登場してる人たちがさ、 わーっと遊ぶじゃん。 わーっと遊んだら、さあ、ご飯だぞーみたいなのを言うとわざとらしく、 ちょっとみんな待って みたいな ご飯を食べる前に待ってよ笑う って子供たちが ビスでジャーってやらん みたいな わざとらしい 教育映画 教育バグ みたいなやつあるじゃないですか はいはいみたいなですね あれを見させる あれをちょっとね アフリカの村の人たちに わざわざ作って見てもらおうと 現地で撮ってますからすごいですよね 力作ですよ それをわざわざ現地の村で作って 皆さんこれを見てくださいって言って やったところ 何を見ましたかって言ったら 鶏を見ましたっていう答えが返ってきた なんでやねんって話だよね こんなに一生懸命作ったのに鶏かよっていう 俺が監督だったら爆切れしますよね っていう ある意味ちょっと不思議なことが起きたわけよ 衛星の大切さを教えたはずなのに ところが 常にしかしところがの後に大切なことだったよね ところが 村人たちから帰ってきたのか ニワトリを見ましたという答えだったと思います これって本当の話?
これ本当の話です 嘘みたいな本当の話 え、そこっていう? どうでもいいか。 映画の趣旨である清潔さ、衛生の大切さに関しては誰も何も言わなかった。 言ってしまえば、教育映画としては大失敗しちゃったんだよね。 何の教育もならなかった。
ではちょっと次の段階に行ってみましょうか 関心たちは戸惑ったから読んでもらいましょう 関心たちは戸惑った 我々生の大切さを説明したものであって ニワトリとは関係ない ニワトリが映画に出ているはずなどなかった 気づかしいんだ 監視員が注意深く映画を見直すと 途中で一人画面の下をニワトリが横切る場面が見つかった 撮影現場のそばにいた鶏が偶然カメラに映り込んでいたのだった 男性たちはこの時まで誰もそのことに気づいていなかった しかし村人たちにとってこの映画で最も印象に残ったのはこの鶏だった 一方、審議たちが伝えたかった映画の筋については、村人の 全く理解していなかった うわー超残念だねこれね 笑 でもこれ撮影場にニワトリいる? だからおそらくアフリカの村でやってるから あれなんだよ おそらくまだあの 第一産業 農林水産業で暮らしてるような村でおそらくね あのー ニワトリとか買って 自分の畑があってみたいな生活だよね うん だから僕たちみたいな都市生活してない人たちだと思うんだよね だからおそらく鶏も当然飼ってて 鶏が話が合って鶏が一瞬スッてこう取ったんだろう そしたらお、鶏じゃんってそれに聞いとられてみんな 全く映画の筋は何それ知らないみたいな そんな感じだったんだな。 なんかちょっとしたことになんか聞こえた。
そう。 これはでも面白いよね。 本当に全く理解しなかったっていうね。
しかしこれには実はからくりが… ちゃんとあるんですよね これはなんか アフリカの村の人たちが アホだっていうことじゃないんですよ 実は 全人類 人間には誰しも起こりうる そういう 人間が物を見るとはどういうことなのか っていうことについての 気づきを 与えるようなエピソードだと いうことがこの後わかるわけだ ちょっと線引きましょうか 一方に丸して ここだね、関心、ここが一番重要なんだね。 関心たちが伝えたかった 映画の好きについては、全く理解しなかった。 この全くがポイントなんだよね。 普通さ、僕たちもさ、例えばさ、 学校の授業とか受けてて、先生の授業がちょっとつまんなくて、ぼーっとしちゃってさ、話の内容覚えてないとか、そういうのあるじゃん。
窓の外に、なんか仲の良い子がいて、手振ってきたりして、そっちにしか行っちゃってみたいな。 でも、そういうのとはちょっとレベルが違うじゃん。 話全く、ガチンコで見てるのに、2マットでしか見てないのに、これやばいですよね。 これとレベルが違うわけ。
映画の影響の大切さみたいなのは全く理解してもらえなかったっていう この事件があってやったんだっていうエピソードが 実はこの1段落2段落で描かれていると えっとそうだなちょっとイブカシンダというねこれちょっと これ等になってますねイブカシンダの意味を答えましょうってやつですね イブカシン ではちょっとねちゃんと一度調べてみましょう イブカシン だん いぶかしん 相手の行動を不審に思うってことですね ほぉ 漢字すごいですよね こんなの書けなくていいですよ 言弁に牙っていうすごい すごい漢字書くんだよこれ せっかくですから貼っ付けてあげましょう 記念写真 大きいな、おい うん、小っちゃすぎて読めないと思うんだよ どっかもっと大きいところに入りたいな 難しい、これやってみましょうか 遠いけどな えっと不審に思うっていうことなので これを聞いて イブカシーンだになってますから過去形にしなくちゃいけません 合わせてね だから不審に おぉっとそう 不審に思ったみたいな 不審に思った 悲しいな そりゃそうだよな 不審に思うよね は? 鶏ってあるじゃん あれって 上手に が間違えたん ショートんが起こったんじゃ いやー いやーさこれ起こるレベル超えないです 前がにまとりって言ってんだよぜいで 俺がおかしい 何にいた 何がいたんだね村人全員いたから間違い なく 昔のねああそうだね当然でこれ映画の上映 って実は映画館なんて昔なったなかったん ですよだからどうやって上映したかという と映画の弊社 プロジェクターってわかる? あれを学校とかで見たことあるかな? 2つ買うんですよ。
で、なんかでっかい白い幕みたいなのを、あのー、なんていうんですか、その、 はっ、バーンって貼って、そこに、 なんか、パソコンで繋いだやつで、後ろからなんか、 さあ、さあ、さあ、さあ、さあ、さあ、我々とか後ろからこうやって、後ろ、あの、後頭部の、後ろの方からバーンとこう映してさ、 あのー、やるじゃないですか。 あれを、あれの屋外版みたいな、アウトドア版みたいなのやるんですよ。 うん。
結構面白いよ、なんか。 一度親父に聞いてみたら昔はそうやってやってたんだよって言ってた その辺の開いてるスペースにドーンって建てて そこにプロジェクターで映画を映したんだって で、バーッと映すと。 だからおそらくそこでみんな村人が集まって見てるわけだから、まあ3、40人くらいなんじゃない? 学校のクラスぐらいはいたと思いますよ。
で、おそらくまあ、なんかね、退屈剤がなんかして、みたいなのがあってね。 で、それを各人の関心たちが、よしよしよし、見てるぞって言ったら、私の力作映画は? ってね。 3位なんてどうだった?
ってね。 見渡りは? まあ見渡りがいたけど何か?
みたいな。 ん? って言うの? おかしいな 怒りとかじゃなくて 俺たちが何を見てるの?
って ちょっと迷ってる お前らは俺たちのことハメてる? ドッキリ? みたいな っていうような、それぐらい不思議だったと思いますよ これがいぶかしぶったら不審に思ったっていうことね よし で実はこれ防線部1の答えはですね ここからここまではねここまででは出ないのでもうちょい先までいきましょう えっとねえ えっとまあ文章に防線が振ってあるじゃないですか で、棒線が振ってあってもすぐ近くに答えがあるとは限らないんだよね だからすぐに接問に行かずにもうちょっと先まで行ってから 後で戻ってくるといいかなと思います よし、じゃあ防線部さんいきましょうか。 三段落いきましょうか。
りさちゃん三段落なんとかっていい? この話は日本社会の人々が映画の内容を理解できないと伝えているわけではない。 これは自分たちの文化的な文脈。 これね、これね、すごく大事な言葉で、文脈というふうに 文脈 すごい大事な言葉ですね 文脈 文脈というのは実は 英語から 持ってきた言葉で 元々はコンテキストと言います これを日本人が文脈というふうに訳した それについて詳しく説明するけれども 文脈の中にあるものしか見えないのであると 続けていきましょうか 雲の中にあるものしか見えないものである 我々が映画を見てストーリーを理解できるのは そこに使われている約束ごとを学習していいか しているからだ。 じゃあちょっとこう立てたらわかんないんで 例えばから見ていきましょうか。
例えばドラマの中で 男性が笑っている顔が 映り、次に女性が 照れている顔が映ったら 我々は説明されなくても 二人が同じ場所で 見つめ合っているとわかる。 それは普段から テレビや映画を通して そういう映像の 文法に慣れ親しんでいるからである しかしそうした約束事を知らなければ 徳と女の関係を結びつけては考えられない 関心たちが上映した映画の中に 村人が鶏しか見えなかったのは 唯一鶏だけが村人の生活の文法で 解釈できるものだったからである ええ そうですね 三段落の 約束と学習して理解しているからですね からがあったら丸しときましょう これ理由なんでね a どっちにも解釈できるものだったからであると書いてある そうですね まずちょっと大切なところに線を引いていきましょう 意味解釈は置いといて 人は自分たちの文化的な文脈なのですが もしか見えないんだと言ってますね これは一体どういうことなんだということですよ 文脈っていう難しい言葉が使われてますけども、これだと言い換えてくれてます。 我々は映画を見てストーリーを理解できるのは、そこに使われている約束事を学習して理解している。 約束事。 この約束事っていう言葉は、実はこの文化的な文脈ってほぼ同じ意味で使われてます。
どういうことだって話なんですけど 例えばね そうだなぁ 表現方法を一つとっても実は文化によって文脈ってのがあるわけよ 例えばね 例えばこれまあ 伊沢ちゃんなんかねあの おさく実感してるところかなと思うけど 日本人ってね はっきり断らないんですよ 断る断ろうとしても 例えば いついつ遊ぼうよとか この日大丈夫行けるとか言った時に 例えば行けたら行くって言い方ですよね 行けたら行くってこれは事実上行かないなんですよね 行けたら行くって来るケースってほぼないの日本人 なんだけど行けたら行くって 言葉通りに撮ったら行けたら来るんだと思うじゃん でも行けたら行くんだけど 実際は行けても行かないんですよ どういうことだって 予定が入ってから 何かして予定がなくなるかもしれない 普通だとそう考えるんだけど 日本人はどっちかっていうとあれなんだよね 本当は断りたいんだけど 断りたいんだけど はっきり言えないから 行きたかったんだけど しょうがなく行けなかったっていう 体を取りたいんですよ 実際はそうじゃなくても だから行けたら行くっていう言い方をするわけ 日本人同士はそれやるんだよな だから行けたら行くって言ったら この人は私にはっきりと行きたくないとか 行かないっていう風に言えないから そういう言い方をしてるんだなって 聞いてる方も理解するわけ 聞いても理解するからこいつは来ないんだなって理解するわけですよ でも他の文化からやってきた人が そのやり取りを見たら分かんないわけ全然それは それが文化的な文脈 っていうやつで これは本当に 違う いろんな文化的な文脈があるわけ例えば 映画じゃないけど例えばドラマのシーンとかでね 僕が なんだっけ 昔映画見ててちっちゃい頃ね不思議だなぁと思ったのが アメリカってさチップっていうカルチャーじゃない チップを渡すっていう でそれ知らなくて映画のシーン 主人公がチップをケチるシーンがあるんですよ チップをケチって そのせいでウェイトリスが不機嫌になるみたいなシーンがあった すごく愛せよかったのに、いきなりコーヒードバーンみたいなやるシーンがあるんだよね 俺それがわかんなくて、なんでいきなり機嫌悪くなってるの? みたいな 謎なんだよ、みたいな なんだこいつ、謎、何者? みたいな みたいな風に、チップっていう文化的な文脈 つまりその国の約束事を理解したいと 全然意味がわかんないわけ はぁ、チップって、あとで人に聞いてね、チップってのがあるじゃんってのがあってっていう はぁ、日本にはそんなのねーなーっていう っていう例があったりする。 これをね、文化的な文脈っていう 例えば他にも例えばね家に上がるときに靴を脱ぐ脱がないってのもあるよね 日本人は靴を脱ぐって言うともうねそっから先は靴脱ぎの空間なんですよ 靴脱いたらあとは靴脱いでいいですよっていう感じの空間なんだけど おそらくアメリカの文化が育ったらさ、いきなり靴脱いでいたら気持ち悪いよね、おそらくね ここで寝てるの? みたいな、裸足じゃん!
みたいな 感じ方が全然変わってくる だから、いかに文化的な文脈を理解するかっていうのが その国でちゃんと暮らしていけるかどうかっていうのがポイントになるわけだよね そこの部分が今回すごく難しく表現されているので そこを最初理解するのは大変だね